- 著者 : 三嶋暦の会(編)
- 出版社名 : 新評論
- 発行日 : 2015年09月
- ISBN : 9784794810175
- 最近、耳にしなくなった「暦」ですが、日本に伝来したのは欽明天皇一四年(五五三年)、天皇が朝鮮半島の百済に暦博士・暦法などを要請したことによります。暦は「観象授時【かんしょうじゅじ】」といって、皇帝(天皇)が天体を観測して民に与えてきたものだったんです。
三嶋暦は、京から離れた伊豆国(流刑地であった)に本拠地をもったこともあり、権力(京・天皇)とは距離を置いた暦だったようです。織田信長、北条氏政、徳川家康らは関東圏で三嶋暦を採用しました。江戸幕府が三嶋暦を使用することになった基盤を彼らがつくったわけですが、それは三嶋暦の歴史の古さと優れた点が認められたからです。
この三嶋暦をつくったのが、伊豆国一宮である三嶋大社の下社家として仕えた、三嶋暦師の「河合家」(現在、第五三代)です。河合家は平安時代から明治一六年までの千余年の間、暦をつくり続けてきました。本書ではその歴史を、三嶋暦の会のメンバーが楽しく解説しています。
暦の楽しみ方は、歴史ロマンにのみあるわけではありません。天保一五年の暦を読み、江戸時代の人びとの生活を想像すると、「え!?」と思うことにたびたび出くわします。たとえば爪を切るのでも、「丑の日には手の爪を、寅の日には足の爪を切る」と書かれています。江戸の人びとは、朝起きて?をまず読み、その日にやることを決めたり、やりたかったことができなくて嘆いたりしていたのかもしれません。
さて、タイトルにある「せせらぎのまち」についてですが、三島といえばまず「湧水」です。もちろん、これ以外にも様々な顔をもつ三島市ですが、特筆したいのが「市民の力」です。三島で活躍している二〇歳代、三〇歳代の五人の若者に「座談会」というかたちで登場していただきました。三嶋暦を取り入れての様々な活動の記録を読んでいると、三島というまちの可能性の大きさを感じます。(すずき・たつこ 三嶋暦の会会員)※本データはこの商品が発売された時点の情報です。
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